LOGINそうして安全を確保すると、そらは指を鳴らした。とりあえず休める場所として、白くて大きなテントをイメージして一瞬で作り出し、中にはふわふわのベッドも用意した。さらに屋外には、機能的な屋根付きのキッチンと、異次元収納魔法が施された食材保管庫を作り出した。近くには石を積み重ねたような、立派なかまども作って火を焚いた。パチパチという音と共に、薪が燃える香ばしい匂いが漂う。
一通りの準備を終え、そらはステフに目配せをした。
「あとはステフに任せたよ」
「は、はいっ」
ステフは任されて嬉しそうに、きゅっと口元を引き締めた。彼女は早速、テキパキとした手つきで昼食の下ごしらえを始めた。これから始まるキャンプ生活に、皆の顔に期待と喜びの色が満ちていくのを感じた。
フィオが遊べるように、川の一部を魔法で浅くするように流れを変え、小さな水たまりのような浅瀬を作り、そこに魚を数匹転移させた。魚はキラキラと鱗を輝かせながら泳ぎ回る。
(うん、よし!)
「私は、何をすれば良いですか?」
ティナがそらの隣に立ち、不安げな声で尋ねてきた。
「自由時間だよ?」
「自由時間って何するのですか?」
ん? ああ、毎日依頼を受けていないと不安になるって言ってたし……「自由」という感覚が理解できなくて不安なのかな? ティナは真面目だから、依頼を受けていない時は魔法の練習でもしていそうだ。
「好きなことを、すれば良いんじゃないのかな?」
ティナは少し考え込むように首をかしげ、眉を寄せた悩んだ表情で逆に聞き返してきた。
「……好きなことですか……?」
ティナさんの好きなことを、俺に聞かれても困るんだけど? ティナは、何が好きなんだろう? ティナが遊んでいるところを想像ができないかも。
「遊びに行かないの?」
「遊ぶより、そらさんの隣に座っていたいので大丈夫ですよ」
……え!? そんな笑顔で言われると緊張するじゃん。そらは内心でドキリとした。と内心思っていると、ブロッサムも優雅な仕草でそらの隣に座ってきた。
「わたしも、ご一緒しますわ」
ブロッサムはティナとそらの間に静かに腰を下ろし、穏やかな声で言った。
「ブロッサムも、遊ばなくて良いの?」
そらが少し不思議に思って尋ねると、彼女は余裕のある笑みを浮かべた。
「大丈夫ですわ」
ティナとブロッサムが隣に並ぶと、そらは途端に居心地の悪さを感じ始めた。このままでは落ち着かない。
「ボクは、ちょっとやることがあるから出かけてくるよ」
そらは軽く立ち上がり、その場を離れようとした。
「そうなのですか……?」
ブロッサムが微かに眉を下げ、少し残念そうにそらを見送った。その視線がそらの背中に張り付く。
今回は川の側でキャンプもしたかったけど、他にもやりたいことがあったので、そらは皆がいる空間から少し離れ、森の中に深く入った。そして自身が張った結界の外に出た。
そらが今回試してみたかったのは、前世の記憶を頼りにするロープで作る罠だった。本当に成功するか分からなかったけれど、森の地形や獣道を注意深く観察しながら、獣用と鳥用を5箇所ずつ、合計10箇所に丁寧に罠を仕掛けた。木の枝や葉を巧みに使い、自然に溶け込ませていく。明日の朝、罠に何かがかかっているのを想像すると、そらの胸は高鳴った。
そらは細かい作業をするのが好きで、特に工夫がうまくいくと心底嬉しくなる。前世の記憶で罠に興味があって少し調べたのを思い出し、この世界でこそ試してみたいと思っていたのだ。前世では、気軽に森などに罠を仕掛けるには、資格やら届け出に罠を仕掛けてあるという看板を用意しなくてはいけなかったため、実践は叶わなかった。この世界の自由さが、そらの探求心を満たしていた。
罠を仕掛け終え、テントを設営した場所に戻ると、入り口の近くにティナが所在なさげに立っていた。彼女は手を軽く握ったり開いたりしてもじもじした仕草を見せていた。
もじもじして、トイレですか? ティナさん。その様子につい笑ってしまい、口に出してしまった。
「ティナさん、トイレですか?」
ティナはすぐに顔を真っ赤にして否定した。彼女の可愛らしい抗議の声が響く。
「違いますよ!!」
冗談だよ。知ってるって。そらはティナをなだめる。
ティナは少し落ち着くと、そらを真っ直ぐに見つめて言った。
「一緒にいて良いですか?」
随分と積極的ですな、ティナさん。そらは内心で驚く。
「良いけど、つまらないと思うよ?」
「何を、やっているのですか?」
彼女の好奇心に応え、そらは森に仕掛けてきたばかりのロープで作る罠の説明をした。どういう原理で獲物を捕らえるか、前世の知識も交えながら、細かく説明した。
「そらさんなら、転移で獲物を捕獲ができるじゃないのですか?」
ティナは心底不思議そうに首を傾げ、理路整然と尋ねてきた。
いや~、違うんだよ、ティナさん。転移で一瞬で獲るのは簡単すぎる。そこにワクワクとドキドキを味わいたいんだよ! チートだと面白くないんだよ! この気持ち、分かってくれるかなー?
「これは、大事にしまっておいてね。練習で使わないようにね!」 俺は念を押すように強く言い聞かせた。「はぁい。わかったぁー」 フィオは幼いながらも、その重要性を理解したように素直な返事をした。「じゃあ、テントの周りを案内するよ」 レナを連れて、俺たちはキャンプ場の設備を見て回った。露天風呂、清潔なトイレ、そして機能的なキッチンを順に案内していくと、彼女は驚きを隠せない表情を浮かべた。その瞳は、目の前の光景を信じられないといった様子で、何度も瞬きを繰り返している。「なんなんすか? ここ……」 彼女は呆然とした声で呟いた。「キャンプ場かな?」「ぜったい違うと思うっす!」 俺の適当な返答に、レナは食い気味に突っ込んだ。その反応は、この設備がいかに常識外れであるかを物語っていた。 レナは俺と会話を続けながらも、視線は絶えず、湯気が立ち上る露天風呂の方をチラチラと向けていた。彼女の顔には、剣士としての矜持と、湯に浸かりたいという誘惑との間で揺れる感情が読み取れた。「お風呂入っちゃえば?」 俺がそう声をかけると、彼女の顔がぱっと明るくなった。「え? 良いんっすか!? わぁっ。やったー」 レナは弾むような声と共に、喜びを隠さず脱衣場へと駆け出した。すぐにカタン、と音がして、彼女は露天風呂の湯船へとその身を沈めた。 ――あぁ……この人も恥じらいがない系の人だ。 彼女の姿を前に、俺は思わずため息を飲み込んだ。ティナより胸のサイズはわずかに小さいかもしれないが、年相応の瑞々しさがそこにあった。そして、剣士として鍛え上げられた体は無駄な肉が一切なく引き締まっており、均整の取れたスタイルは目を奪われるほどに良かった。「外でお風呂に入れるなんて思ってもいなかったっすよー」 湯船から顔を出したレナが、心底気持ちよさそうな声で言った。新鮮な外の空気と、体を包み込む温かい湯気に、彼女の心も体も解き放たれているのが見て取れた。
「ごめんね。今キャンプ中で、しばらくここに滞在するんだけど大丈夫?」 俺がそう尋ねると、レナは気に留める様子もなく、修行の日々を送る者特有の割り切りを持って首を横に振った。「自分は、どこでも寝れますので大丈夫っす。依頼もないので問題ないっす」 彼女の言葉には、僅かながら暇を持て余しているような退屈も滲んでいた。その時、小さな影が視界の端に映った。フィオだ。彼女はこちらに気付くと、弾かれたように駆け寄ってきて、力いっぱい俺に抱き着いてきた。その小さな体重と柔らかな温もりに、俺は思わず頬を緩める。「あ、この子をよろしくね」 俺はフィオの柔らかな頭を優しく撫でながら、レナに向かって彼女を紹介した。「え!? この可愛い女の子をっすかぁ……? 私が教えられるのは剣術っすけど?」 レナの目は、目の前の幼い少女に驚きと戸惑いを湛えていた。彼女の剣術にかける真摯さを思えば、遊び半分で教えることはできないという迷いが、声の調子から伝わってくる。「なんか剣の筋が良いって言われてさ」 俺がそう伝えると、レナは目を見開いた。その一言が、彼女の心の奥にある剣士の血を揺り動かしたようだった。彼女の瞳の奥に、探究心と期待の光が宿る。「そうなんっすか? じゃあ……少し見てみるっすか……」 レナが腰に佩いていた刀を抜き放つ。金属が鞘から擦れる微かな音が、周囲の空気を張り詰めた。その瞬間、彼女の目つきは一変した。先ほどの気楽な雰囲気は消え失せ、研ぎ澄まされた刃のような、鋭い光を宿す。「ちょっと私に、本気で打ち込んできてくださいっす」 真剣な眼差しを受け、フィオは迷いなく頷いた。「うん」 フィオも自分の剣を抜く。細い腕には不釣り合いなその剣が抜き放たれた刹那、周囲の空間が歪んだかのように感じられた。フィオの小さな体から、形容しがたい威圧のオーラが溢れ出す。それは、太古の力、ドラゴンの威圧そのものだった。まるで目に見えない炎のように揺らめき、辺りの草木さえも押し潰しそうなほどの重圧
そらが指差された方を見ると、テーブル席に一人の剣士が座っていた。彼女はティナと同じくらいの年齢の、まだ幼さが残る少女だった。しかし、頭にはピンと立った獣の耳が、腰からは長い尻尾が生えており、その美しくも野性的な見た目は、隠しようがない獣人族であることを示していた。 ティナは、その獣人族の少女をじっと見つめ、どこか懐かしそうな、そして少し痛みを伴ったような表情を浮かべた。「少し前の自分を見ている感じですね……」 彼女は、そっと囁いた。「ヘルプだけで暮らしていくのは不安ですよ。正式なパーティに入れれば安定した依頼を受けられますけれどね……わたし以上に差別があって難しいでしょうね。獣人族の見た目は、隠すことが難しいですから……」 ティナの言葉一つ一つに、過去の彼女が経験してきた苦悩や孤独が込められていた。姿は人間でありながら差別を受けたティナでさえ困難だったのだ。姿を隠せない獣人族の少女が、安定した生活を築くことがいかに難しいか、想像に難くなかった。 ティナの言葉を聞いたそらの胸は、ギュッと締め付けられるような思いがした。見た目だけで評価され、努力や実力が無視される世界の理不尽さが、彼の心に重くのしかかった。「あの子を雇ってみても良いかな?」 そらは、ティナの過去と重ね合わせ、その獣人族の少女を助けたいという気持ちが強くなっていた。彼はティナに問いかけた。「はい。良いのではないでしょうか」 ティナは即座に太鼓判を押した。「わたしも何回かヘルプで同じパーティになったことがありますけど、良く働く真面目で良い子ですよ」 ティナのお墨付きをもらい、そらは迷うことなく、ギルドマスターに軽く会釈をして、そのテーブル席へ向かった。 ギルドマスターが、二人の間に立ち、間の言葉を挟んで紹介してくれた。そらは少女に向かい、以前ティナに話したのと同じ契約内容を、落ち着いた声で伝え、交渉を始めた。「えっと……依頼内容は、子どもに剣術を教えること。待遇は、住み
フィオは満面の笑みを浮かべたまま、地面にゴロンと倒れ込んだ。これで、俺役は死んだらしい。 そらは、その光景を呆然と眺めていた。 (え? なんで!? 俺……弱くないか?) 心の中でそらは叫んだ。たったキス一発で戦闘不能になる「俺役」のあまりの弱さに、衝撃を受けた。 (その話の俺が、主人公じゃないの? 主人公が、たったキスで死んじゃって良いのかよ) 主人公としての立場と威厳が、キス一つで簡単に崩壊した事実に、そらは密かに頭を抱えた。 フィオに続き、次はアリアが「ティナは負けないわ!」と意気込んだものの、すぐにエル(魔物役)に襲いかかられた。アリアは抵抗する間もなく抱きつかれ、キスをされると、アリア(ティナ役)もそのまま倒れて全滅となった。 そらは、この展開に納得がいかなかった。 (魔物役がちょっと強すぎじゃないの。なんでキスで倒されるんだよ!) 思わずツッコミを入れたい衝動を抑えながら、そらは頬を引きつらせた。子供たちの想像力と遊びのルールは、彼の常識を遥かに超えていた。 また、始まるらしい。役は変わらず続行するみたいだ。(いろいろと異議があるが、放っておこう……)♢剣士の家庭教師 不意にティナに呼ばれ、そらは彼女と一緒に、川のほとりに設置された手作りのテーブルに座った。穏やかな川のせせらぎが、二人の会話を包み込む。「フィオは素早さと瞬発力がありますし、先ほどの討伐ごっこの際に木の棒を振り回すのを見ていましたが、剣の筋が良いと思いますよ」 ティナは、遊びの中とはいえ、フィオの動きを真剣に観察していたようで、その顔は教師のような真面目な表情をしていた。 (え!? そうなの?) そらは内心驚いた。フィオの運動神経が良いことは知っていたが、剣士としての才能にまで言及されるとは思わなかった。 (でも、剣術の基本が分かる人はここにいないから、誰も教える人はいないな……) 頭を悩ま
翌日の朝、ブロッサムは皆に別れの挨拶を終えた。エルやフィオが名残惜しそうに手を振る中、そらはブロッサムに指定された、彼女の実家の近くの目立たない場所まで送り届けた。「色々と世話になりました」 ブロッサムは貴族の令嬢らしく、背筋を伸ばして丁寧に頭を下げた。その表情には寂しさと感謝が入り混じっていた。「こっちも色々とありがとうね。いつでも連絡してね」 そらが優しく声をかけた。 二人の会話が終わるか終わらないかのうちに、近くにいた門兵にブロッサムの姿が気づかれ、たちまち大騒ぎになってきた。門兵たちが驚きと喜びに満ちた声を上げながら、こちらへ向かってくる。 騒動に巻き込まれるのを避けるため、そらはブロッサムと最後の挨拶を終え、慌ててキャンプ地に転移で戻ってきた。 まあ、転移もあるし、すぐに会えるし、魔法通信もあるから、いつでも連絡できる。そらは再会を楽しみに、心の中でそう締めくくった。♢罠の成果と複雑な感情 そらはフィオをエルとアリアに任せて、ティナと一緒に昨日仕掛けた罠を見に行った。フィオたちは朝から川で水遊びを再開している。(おっ!! イノシシっぽいのがかかっていた。猪のような感じだけど、イノシシより大きく、体毛は黒く太く硬そうで凶暴そうな目つきだ。魔力も感じられるので、魔獣のイノシシかな?) 重厚な罠の強化されたローブがギチギチと音を立てるほど、獲物は暴れていた。「凄いですね。本当に捕れると思ってなかったです」 ティナが驚いたような声を上げた。その瞳は獲物の大きさに、見開かれている。疑っていたのですね、ティナさん。実はそらも捕獲に自信がなかったんだけどね。そらは心の中でそう呟き、頬を緩ませた。 次の罠の確認に行く時、足場の悪い山道でティナがバランスを崩し、転びそうになった。そらは咄嗟に彼女の身体を支えようと腕を伸ばしたが、勢いのまま、柔らかいティナの胸に触れてしまった。「きゃっ」 ティナの短い悲鳴が響く。 うわ、不味い!! ティナの変なスイッチが入ってしまう。そらは慌てて、何もなか
「この先に、ボクの仲間で家族のような獣人の娘がいますが」 そらが告げると、獣人たちは一斉に警戒したような表情を見せた。彼らの視線に敵意が混じる。「お前が捕らえているのか!?」「捕らえてはいませんよ。保護をして面倒を見ています」 そらは冷静に否定した。「だったら連れてきて証明しろ! 直接、本人から話を聞かせてもらって判断する」 リーダーは言い放った。彼の目は全てを見通そうと鋭く光っている。 そらは彼らの視線を受け止めながら、その場で転移魔法を発動した。一瞬の光と風が渦巻き、フィオを抱きかかえるように連れて戻った。「……なに?」 フィオは魚捕りを中断された不機嫌さを隠すことなく、獣人族の人々に向かって素っ気なく答えた。そりゃそうだ……楽しい遊びを邪魔され、ムッとした表情なのだから。彼女はそらにしがみつき、不審な集団を警戒している。 フィオの姿を見るなり、獣人たちは一斉に彼女に詰め寄ってきた。その表情には焦りと心配がにじんでいる。「大丈夫か? 辛い思いをしてないか? 助けに来たぞ」 大勢の大人に囲まれ、剣幕に押されたフィオは少し怯えたようだった。彼女はすぐにそらの後ろに隠れ、そらの服の裾をぎゅっと掴んだ。「つらくない。だいじょうぶ! ほっといて」 震える声だったが、フィオの言葉は力強かった。その瞳には自分を心配するどころか利用しようとした者への拒絶が宿っている。「本当か?」 リーダーの獣人が訝しげに問い返す。「こわい。このひと……」 フィオはそらの服の裾をさらに強く掴んだ。彼女の純粋な怯えと、そらに対する信頼の深さが、獣人たちに伝わったようだ。獣人たちは、その様子を見て、ようやく納得した。フィオが望んでいないことを理解したのだ。「本当みたいだな。悪かった! 近くに来ることがあれば村に寄ってくれ。人間が来たことはないが、獣人の娘を大切に保護してくれているお前は歓迎しよう」 リーダーの獣人は深く頭を下げ、謝罪と感謝の言葉を述べた。 仲間思いだけど、やっていることは危ないな……。助け出されたとしても、魔物や魔獣もいるこんな山奥で解放されてもなぁ……。そらは彼らの状況を察し、少し複雑な心境になった。「俺たちは帰るが、その娘を頼んだぞ」「うん。任せて!」 そらは力強く頷いた。 獣人族の集団が名残惜しそうにこちらを振り返りながら、森